Once upon a time

神様

崖から足を滑らせて危うくそのまま下の荒海の中に飲み込まれるところだった男は、岸壁に突き出した木の根っこにつかまって難を逃れました。 しかし、そのまま上に這い登ることができません。
根っこを掴んだ手もだんだん痺れてきて、せっかく命拾いをしたのにこのまままた海に落ちて死んでしまいそうです。  男は必死で根っこにしがみついたまま空を仰いで叫びました。

「神様! 助けてください!!」

その時、上から声が、彼の耳に届いたのです。

「大丈夫です。 今すぐ手を離しなさい。 私を信じてその身をゆだねれば、あなたは必ず救われます。」

その声を聞いて、男は下を見下ろしました。 男の足のはるか下のほうに、黒くうねる荒波が見えます。 根っこを握る手にいっそう力を込めて、男はもう一度上を見て叫びました。

「他に…他に誰か助けてくれる人、いませんか!?」


今日、教会で牧師さんがこの話をされたとき、私やその周りの人達も思わず笑ってしまいました。  
可笑しいと思ったのは、自分にも身に覚えがあるからですよね。  
凡人の信仰心というのは、いくらマジメに毎週教会に通っていたり、日々のお祈りをかかさなくても、いざという時に全てを神にゆだねるよりは、やはり自分にもっと身近にかかわりのある者に頼って救いを乞うということでしょうか。 
自分の目に見える、触れる、自分が崇拝しているはずの神ではなくて、そういう「確かなもの」を頼ってしまう人間には実は本当の意味での信仰心はなくて、せっかくの神様からの声も耳に届かなかったり、届いても行動に移せないまま死んでしまう。 そういうお話だったのでしょうか。


4年前のアメリカでのテロ事件、そして今回のハリケーンの被害以外にも、人は自分ではどうしようもないような辛い経験をした時、自分に起こった悲劇になんとか理由をつけるために神の存在を引き合いに出すのだろうかと思います。  

『なぜ、こんなことに…』

という問に対して、ある人は「この種の不幸は、人類のもたらした罪に対する神の戒めです!」と言い、また別の人は「神の行いに対していちいち疑問を持つことこそが罪です。 そんなことより、今回の経験によって神に教えられたことを考えましょう」と言う。  そして、「こんな不幸が私たちの身に起こることをお許しになる神様が信じられません」と絶望する人もいるでしょう。 
果たしてどれが真実の答えなのか、真実の答えなどというもの自体、存在するのかさえも私には分かりませんが、日ごろ信仰心の薄い人間でも自分ではどうにもならない状況に遭遇すると、「神」というような、人間の限界を超える"Higher Power”にすがりたくなるものなのかもしれません。

私はキリスト教の家庭で育ちました。 
祖母の母の代以前からのクリスチャンということで、物心ついた頃から教会に通い、洗礼も受け、「神、祈り、信仰」などという言葉も日常的に耳にするような環境で子供の頃は暮らしていました。  
中学に入った頃、せっかくの日曜日に友達と遊べないことが嫌になりました。
せっかくの遊びの誘いに、「教会があるから」と断るのがカッコ悪いような気もしました。
ひとりだけ教会に行かなくなった私に、一番心を痛めていたのは私の祖母でした。 
絶対行かないと意地を張る大きな子供を無理やりに教会まで引きずっていくわけにも行かず、

「ななちゃんのことをいつもお祈りしているからね。」

そういい残して、しかめっ面のままの私を残して家族は教会に出向いてゆきました。  

高校時代にアメリカに行ってからは、滞在したホストファミリーに教会に行く習慣がなかったこともあり、教会、キリスト教というものは私の中から遠ざかる一方でした。 
大学に入った頃は、アパートの近所にある教会に何度か顔を出したこともありましたが、土曜の夜はいつも勉強や友達との付き合いで朝帰りも少なくなかった時だったので、日曜日の朝早く起きて教会に通うという習慣は身につかず、「信仰心を大切に」という祖母の祈りは叶わないまま時間はどんどん過ぎてゆきました。  


去年の夏、孫の私を母と同じようにかわいがり、最期まで私の心配ばかりしていた祖母は亡くなりました。 
長い間遠く離れているせいか、私は実家に祖母がもういないんだという感覚にいつまでたっても慣れません。 

祖母はいったいどこに行ってしまったんだろう。 

そんな思いを拭いきれないまま、ふとした思いつきで今年の1月に、久しぶりに教会に行ってみました。 
初めて訪れたその教会は、外見も内装も、私の通いなれた実家の教会とはかけ離れたものでした。  
それでも礼拝堂の一番後ろの隅っこの席に座って牧師さんのお話に耳を傾けていると不思議と心は落ち着いて、昔礼拝堂で祖母の隣に座ってぬり絵なんかやっていた時のような、子供の頃のあの心地よい安堵感でいっぱいになりました。 

ああ、やっぱり祖母は逝ってしまったんだな。。。

その日やっと、その事実を受け入れることができました。 
それでもなぜか、心は穏やかなままで、礼拝が終わって廊下に向かう人ごみの中に祖母の後姿を探す子供の頃の自分が見えるような錯覚を起こして、そのまま少しの間、人のまばらになった礼拝堂に座っていました。



明日は長男の肩の検診の日です。 

1年半ほど前、肩の骨を初めて折った息子を病院に連れて行って、レントゲンを撮りました。  レントゲン写真に写った息子の肩には、骨折の為にできた亀裂以外にも、無数の線が白く蜘蛛の巣のように写っていて、それを見た時はゾッとしました。 
2ヶ月にわたる数々の検査で、一応ガンの種類ではないようだという結論は出ましたが、結局その原因は分からず、原因の定かでない病状を治す手筈も今のところは不明なまま、長男はそれからすでに4回の原因不明の骨折を繰り返しています。  
以来、病状の進行がないのをCATスキャンで確認するために、大学病院の専門科に3ヶ月ごとに通って行っています。



日曜日の教会で。
そして、明日の検査とその結果が出る日まで。

どうか息子の病状に悪化がみられませんように。 
やっぱり癌だった、なんてことになりませんように。 
できれば、前々回から変化なしと言われた前回よりも少しは良くなっていますように。 


私が祈るのは、神様ではなくて、祖母なのかも知れません。 
祖母が知ったら情けないと思うかもしれないけれど。 
目を瞑って心から祈る時、私の心に映るのはいつも祖母の顔です。 
神様はいると、子供の頃から信じているけれど。
祖母にお願いして、祖母に頼んでおけばきっと間違いがないような、そんな気がして。

嵐の中の崖っぷちで息子を片手に抱いたまま、私が根っこにぶら下がっているとしたら。
耳に届いた声が祖母の声なら、祖母が「手を放しなさい」と言うのなら。
それを信仰心とは呼べないかもしれないけれど。




祖母が言うならできるかもしれないな、そう思うと少しは強くなれるのです。


 

 



  
[PR]
by 4x4T | 2005-09-12 10:48 | 独り言
<< 初体験 お知らせ >>



働く主婦です。        毎日がんばってます。     どうぞよろしくv
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
以前の記事
私のお気に入りリンクv
私が毎日のようにお邪魔してしまうお気に入り♪  管理人の方々それぞれとっても個性的で楽しいです。


◇ワルシャワうわの空
~お弁当編~


◇Mother Leaf

◇ハナウタ

SUNNY SIDE UP*CAFE

脱サラ研究員の妻ラン子の生活

◇☆☆ 結婚します! ☆☆

息子+双子娘 育児日記2.0

サウスキャロライナ・クロニクルII

◇Pink☆frog
tomokerockの今日もしあわせ


◇mon petit cochon

◇Oh! My GodS!

MAIL 使用一時停止
お気に入りじゃないんだけど^^;
ご用の方はこちらまで。 
連絡用にでもお使いくださいv


最新のトラックバック
regis univer..
from regis university
effects peri..
from effects periac..
lulu ffx
from lulu ffx
golf shipping
from golf shipping
jimmy eat wo..
from jimmy eat worl..
nylon stocki..
from nylon stocking..
summary of j..
from summary of jan..
url
from url
1 grader ide..
from 1 grader idea ..
anal big fuc..
from anal big fucki..
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧