Once upon a time

カテゴリ:独り言( 28 )

迷路

最近めっきり独り言のカテゴリが多くなっています。 ブツブツ…



少し前にモテモテバトンなるものが廻ってきて、自分の「モテ期」なんていうものを一生懸命考えたことがあります。  

私がモテた時期っていつだったっけ? 
あれ? そんな時期あったんだっけ? 
え? モテるってどういうことだっけ??

結論からいうと、「自分でモテてると思っていた時期」しか思いつきませんでした (惨敗w)


最近というか、もうずいぶん長く異性に「モテる」なんていうこととは無縁な生活をしている私なのですが、最近またそういうことを考える機会がありました。

いや、私がモテた話じゃないです(^^;
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by 4x4T | 2006-07-26 07:37 | 独り言

小包

小包って、なんであんなにもらうの嬉しいんでしょうね?
通販で自分で買ったもので、中身もわかっているものでも嬉しいけど、誰からか送られてきた小包を開けるのはゾクゾクするくらい楽しいです。 
10代の頃から親元を離れて暮らしている私は実家から送られてきた小包を受け取る機会が今までに何度もありました。

荷物の中身を用意したのも荷造りしたのも、恐らく郵便局に持っていったのも母なのだと思うのですが、送り主名は決まって母の字で父の名前が書かれたその小包の中身は実家の匂いと母の気遣いがいっぱいです。

高校生の頃は新しい洋服や小物類、それに私が興味をもちそうな新聞の切り抜き、あとはガムとかもあったな~。。。  
ちびで市販服のサイズが合わないことが多かったので、衣類は重宝しました。  
高校時代の一時期を除いては、昔も今も私よりもむしろ母の方が私の着る物にこだわる方だったので何をもらっても嬉しかったです。  
新聞記事の切り抜き(これは父からだったかも)も日本語の活字に飢えていたのか隅から隅まで読むばかりか、裏面のテレビ欄なんかまで読んだりしていました。
気のつく母なので当時お世話になっていたホストファミリーへのちょっとした贈り物もいつも入っていたので、日本から小包が届くとみんなが私の部屋に集まってきました。


大学時代の私は一番その小包が届くのを首を長くして待っていたような気がします。

狙いは食べ物! 笑

何かいるものない?と電話で聞かれると必ず「何でもいいから食べるものを~」なんて言っていました。
インスタントラーメン、カニ玉の素、お菓子、、、お中元かお歳暮でもらったカルピスの素なんていうのもあったな~ 
日本の食べ物に混じって石鹸やタオル(これももらい物だと)他の日用雑貨、洋服や下着まで(ババシャツとかババパンツまでw)入っていることもありました。
たまにする電話で「蚊に刺されてね~」と言ったら、次の荷物にはウナコーワと蚊取りマットが入っていたり、新学期が始まる頃には大学ノートやペンがたくさん入っていることもありました。
こっちにも売ってるのに(^^;なんて苦笑いしながらも、ありがた~く使わせてもらいました。

結婚してからも小包はずっと続いて、味の素やかつお節、海苔、お菓子、入浴剤、ダスキンキッチンタオル(笑)、ハイター、歯ブラシ、夫と私の着るものから、母が百円均一に凝っていた時は私たちの趣味趣向をまるで無視したインテリアグッズや花壇の置物から写真立て、台所用品にいたるまで、お店が開けるくらいいろんなものが入っていたものです。

長女を妊娠してつわりで何も食べられない時、「柿の種は食べたいのよね」と話すと、すぐに速達で業務用サイズのでっかい柿の種の袋と夫のらしい靴下(←母の気遣い?笑)が送られてきたことがありました。  

夫の日本駐在を経てこちらに戻った時、もうこれからはずっとこっちでやっていくんだから日本の小包にばかり頼っていられないからね~なんて話したことがあって、以来母からの小包の中身は日本食材は減って代わりに孫のプレゼントが中心になりました(^m^



今日友達の家でランチをしていると、ドアベルがなって郵便配達の制服の人が立っていました。
とっさに「日本からだ~♪」と駆け寄った双子を、「おぃおぃ、ここはライアンの家でしょ。」と止めたのですが、それは遠くに住むライアンのひぃおばあちゃんからのお誕生日のプレゼント小包でした。


目をキラキラさせて、小包を見つめるライアン+彼の弟たちと、ウチの双子(^^


中身はやっぱりウチのおばあちゃんからの小包と変わりありませんでした。
ラッピングされた2歳のブレットの誕生プレゼントと一緒に子供のTシャツとか靴。 
お菓子。 カレンダー、絵本。 
大きな犬のぬいぐるみを箱から出すと、その下にまだまだ何か入っていました。


も~ 重いし割れると大変だからっていつも言ってるのにぃ… (^^;


友達が苦笑いしていたのは、瓶詰めになった自家製の桃やアスパラガスでした。 
その下には粉々になった手作りクッキーまで!


そう言えば、高校を卒業して東京で仕事をした時にたまに会ってた中学時代の友達も言ってたな~
「こんなにいらんのにいっつもお米とか野菜とか送ってくるんやで~」って迷惑そうにそう言っているのに、やっぱり笑顔だったりして。


私もいつか、子供にあれもこれもとバカでかい小包を送って苦笑いさせるのかな。
いやいや、必要なものだけを必要な分量だけキッチリ送るクールなママかも☆


粉々クッキーは子供たちが嫌だというので、友達がザーッとお皿の上に出した欠片を口に放り込みながら、ふと、先週私が日本にいる上の子達に送った小包の中身を思い浮かべました。

えーとね、チョコとガムでしょ、写真でしょ、まーくんの絵とのんくんの手紙でしょ、シールでしょ、カードでしょ、留守中に来た友達の誕生日会の招待状でしょ、Tシャツでしょ、新しい水着でしょ、サングラスでしょ、マックのおまけでしょ、日焼け止めクリームでしょ、、、



......。




すでに思い切り前者のようです(^^;  
(しかもお世話になっている実家の家族への気遣いがまるでナシw)

お母さん、余計な荷物増やしてゴメンねw
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by 4x4T | 2006-07-14 11:02 | 独り言

会話ごっこ

ちょっと嫌な気分になったことがありました。
こういう時に愚痴る相手は引っ越してしまっていたり、遠くにいたり。
文字にして残すにはあまりにもささいなことで。
極々限られた人にしか愚痴を言えない壁を作っているのは自分のせいで。

のらりくらりしながら一日の大半を無駄に過ごしてしまって、自己嫌悪の夕食の支度時間。
そうです、子供達はやっぱりお腹が空くんです(^^;
のろのろ動くママを監視するかのように、キッチンの床でおもちゃを並べて遊んでいました。


「どっか行こうか~」


なんとなく。 
暑さが少しは和らいだみたいな外を見ながらつぶやくと、すぐさま2つの声が返ってきました。



「海、海、うみ~!!  海に行こう!!!」



そういうわけで、作りかけのチキンライスをそのまま冷蔵庫に入れて海に行ってきました。
ブーーンと車を飛ばして(制限速度でねv)、小一時間も行けば目の前に広がる海と砂浜。  
サンダルを蹴散らして遊び始める子供達を見ながら、会えない人の顔を思い浮かべて架空の会話でひとり遊び。



”大丈夫だよ″ 
とか、気の利かない月並みなことをヤツは言って。

”何でそんなことしか言えないの?”
私もお決まりの返事をして。

ふたりしてシラけた気分でボーっとしてたら、またヤツがポツンと何か、今度はスッと気持ちが楽になるようなことを言う。

”カレーが食べたいな~” とかね(笑)

で、

それにまた私が冷たい返事を返して。

ふたりでなんだかんだ言ってる間に青かった空は夕焼けに染まる。




それとも彼女だったら、

なんで世の中はムカつくことばっかりなんだろうね!
と、私以上に私の味方をしてくれるかも。
私の面白くない話にもワインの入ったグラス片手に豪快に笑うかも。

そのうちに愚痴は馬鹿話に流れて、笑い声と共に更けた夜に月が高くなる。





幸いにもここの夏の日は長くて、遅く着いても2時間くらいはたっぷり遊べる時間がありました。
駐車場が閉まってしまうから夕焼けを見るまではいられなかったけど。
お陰で暗くなる前に家に帰れて、途中で買ったバーガーを食べ終えました。


そんな日曜日の夜は思ったよりもぐっすり眠れて。
単純な私はまたなんてことない気分で月曜日の朝を迎えています^^


e0014445_22402291.jpg

                  夕暮れ約1時間前の大西洋。
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by 4x4T | 2006-07-10 22:23 | 独り言

燃える炎はどこから来たか

e0014445_20485912.jpgいや、そんな難しい話じゃないですヨ(^^;

歌です。 『We Didn’t Start The Fire』っていう。


一説によると、ある日ビリージョエルが、子供が「(ビリーのような)年寄りはかわいそうだ。 だってそんな時代には何にも大したことは起こらなかったから」と言ったのを耳にして、彼の生まれた1949年から現在(この歌の生まれた年)の1989年までにあった事柄をただただ並べたものを歌にすることを思いついたという話です。  ...本当?

私は、え~っと、、、1980年生まれなので(^^;v、この歌詞の中に出てくることの半分もリアルタイムでは知らないのですが、この意味のあるようなないような内容の歌詞にある出来事を、みなさんはいくつご存知ですか?

歌の中に連なるイベントは、歴史的に重要な意味のあることからどうでもいいようなこと、文学、政治関連の出来事、戦争、芸術、歴代大統領、女優、革命、病気、家電、楽しいこと、悲しいこと、etc.、その年々にあって韻をふむこと以外にはまるで関連性を持たず、そのまま肩を並べています。
1989年のヒットですが今の子供にも馴染みがある歌ということから、学校の先生がこの歌を歴史の授業に取り入れることもあるんですよ。

当時この曲がカーラジオからよく流れていた頃は、私はただその歌詞を何とか覚えようと、それだけに集中して耳を済ませていたような気がします。
ですが、最近再びこの曲を聴いて頭に浮かんだのは、この曲をよく聞いていたころの自分だったりします。 
ズラズラと連なる当時のニュースで流れていたような出来事を歌詞の中に聞きながら、次々に浮かぶのは実はいいことから嫌なことまで全て詰まった、当時からの自分の年表のようなものかもしれません。  

新しい恋の始まりとか、旅の門出とか。
苦手だった教授につき返された論文とか、初めて仕事をクビになった日の帰り道とか。
再会を約束した友人が亡くなった時のこととか、よし!また頑張るぞ!!と再び日本を後にした飛行場とか。

この歌に限ったことではありませんが、歌の力って無限ですね。  
一見ただ単語を連ねただけに見えるこの歌詞にも、聴き手の数だけの意味が込められていたりするわけです。

そして、その合い間合い間に入るコーラスは、Fireをそれぞれの時代の抱える問題や文化に例えて、その問題はその時代の人間の造ったものではない(We didn't start it)のに、それでも人はそれに反発したり解決すべく戦かったりする者までいる(but tried to fight it)という解釈もあるようです。(by Ron Kurtus)
深いですねぇ。。。

私はこの歌を聴くと、ただただ長い歌詞に、結構長いと思っていた自分の人生がその中のたった一コマの取るに足りない一部だというのがなんだか実感できて、今抱える悩みや問題のちっぽけさやくだらなさに気づけて元気が出るのですが、同時にもし同じ歌を1966~2006年バージョンでやったら、一体皆が聴きたいような歌になるんだろうかとちょっと心配になったりもします。


好きですか? この歌^^

We Didn't Start The Fire  by Billy Joel
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by 4x4T | 2006-06-14 14:16 | 独り言

嫌い

自分の更新パターンが解読できつつある今日この頃です。

あのね、もちろん忙しくてPCの前に座る時間があんまりないときもそうかもしれないけど、リアルの生活の中で大人と会話する機会が多い期間は更新が滞るみたいw
この時期はBBQパーティだの水遊びだのって、結構友達とゆっくり話せる時間が多かったりします。 みなさんはお元気ですか?

____________________________



昨日のTボールの試合で双子のTボールも残すところあと練習、試合、一回ずつになりました。少しは野球の意味もわかってきたかな? 
ふたりともTボールが大好きになりました。

Tボールのコーチは、メインのコーチの他に3人アシスタントがいます。 
選手達が小さくて、野球のルールを知らない子供達ばかりなのでたくさんのお手伝いがいるのです。  その中には私の友達のひとりも含まれています。

この日は正味1時間程度で終わる試合(といってもスコアは記録してなくて勝ち負けもない)に30分くらい遅れてきた子供がいました。  
夏休みに入ってからというもの、練習や試合に参加する子供達がガクンと減って、この日も試合ができるかどうかの瀬戸際だったのですが、最後の最後で1人遅れてやってきてギリギリのところでプレイボールとなった試合でした。  
そんな試合にもう1人、30分遅れて来た子がいたのです。  

アシスタントコーチではない私の仕事は、ベンチにスタンバイしてバッターを背番号順に並べて座らせたり、待機中の子供達がふらふらいなくならないように目を光らせることです(^^;
3番目のバッターをマウンドに送り出した時にその遅れて来た親子が到着したのですが、以前から友達のアシスタントコーチが取った態度にちょっとびっくりでした。

「試合はもうすぐ終わるんですよ。 今頃来られてもジェイソンくんが参加する場所はもうないんですよね~  今日はどこに行ってたんですか? 試合が9時からってご存じなかったですか?」


バツが悪そうに立っていたジェイソンのママは、いや、今日は10時からだと思ってたとか、本当は(ジェイソンの)叔父さんが連れてくるはずだったとか慌てて言い始めたのですが、私の友達はニコっともせずに、「こんなに遅れて来ても意味ないでしょう。  野球はチームでやるスポーツなんだから、ちゃんと親が責任持って試合に時間通りに来るくらいのことは最低限でもやってもらわないと…」と、聞く耳を持ちません。  
ひとしきり正論を述べて気が済んだのか、彼女はマウンドに戻っていって、ジェイソンのママは「すぐ戻ってくるので」と私に言い残して行ってしまいました。

なんだかわからないまませっかくユニフォームを着て出てきたジェイソンがかわいそうになって、渋る友達コーチを説得して最後のバッターの後にジェイソンもバッティングできることになりました。

別にね、、、勝負のある試合でもないんだから、遅れて来たって参加できるんですよ(^^;
危うく人数不足になるかもしれなかった試合に大幅に遅刻してきたことに腹を立てるのはわかるんだけど、「楽しみながら野球のルールを学ぶ」というのがモットーなハズなのに、私は彼女の方がちょっとおかしいと思いました。

試合は無事に終わりましたが、それでも彼女の苛立ちは収まらないのか今度はその試合をマジメに見学しなかった母親を非難し始めました。

だって、ジェイソン参加できないってアナタが言ったんじゃん(^^;  

そうツッコむ私にはお構いなしで、

「ああいう母親が一番腹立つのよね~ いつも自分のことばっかりで。 みんなに迷惑がかかるかもしれないとか、そういうことは全然気にならないのかしら。 だいたい子供だって可哀相。」

彼女の言葉は続きます。 
試合の後のおやつの時間になった時、やっとジェイソンのママが戻ってきました。

ヒット打ちましたよ~!^▽^
がんばって出てきた甲斐がありましたね!!

そう話しかけて嫌なムードを誤魔化そうとした私の気も知らずか、彼女はジェイソンのママに追い討ちをかけました。

「おやつは試合でがんばった子がご褒美に食べるものなんですよね」

おやつの入った紙袋を配るお手伝いをしていた私の長女が、ちょっとびっくりして私と彼女の顔を見上げます。 


おぃおぃ、いくらなんでもそれは言い過ぎでしょう(="=)


ママが何か言おうとする前に、私が彼女の目の前の紙袋を掴んでジェイソンに渡しました。

はいどうぞ~! ヒット打ってすごかったね!  ジュースもあっちにあるからね。

彼女をちょっと睨みながら渡しました。


結局ジェイソンとそのママはおやつをもらってから早々に帰っていき、彼女は他のコーチたちと不満炸裂でした。

「練習にも来たことないでしょう?」
「たまに試合に来る時もいつも遅れてくるし。」
「ああいう無責任な親は私我慢できないのよね!」
「子どもがかわいそう。。。」
「どうせマジメにしないんなら、どうしてチームに参加することにしたのかしら」


2年前からの知り合いの彼女は、この夏離婚が成立したらすぐに実家のあるアリゾナに2人の女の子を連れて引越しです。  
いつも自分の感情に正直で、はっきり物を言うタイプの彼女とは知り合ってからすぐに気があって仲良くなりました。  
いつもはしっかりしていてなんでもほぼ完璧にこなす「賢い母」の彼女はプールつきの大きな家に住んでいるのですが、離婚がとうとう決まったとき「今度引っ越す場所にはプールがないの」と電話口で号泣するようなかわいいところのあるヒトです。

何にでも一生懸命なところが好き。
正直なところが好き。
友達に優しくて、頼りがいのあるところが好き。
いろんなことに物怖じせずにチャレンジできるところが好き。
何でもやりとげてしまう、そういう責任感のあるところが好き。
何よりも自分の子供達が大好きなところも好き。

私にはまねできないようないいところがたくさんあって、尊敬できる友人の1人です。

でも、一生懸命すぎて時々周りの人間に対して容赦ない態度をとるところは、嫌い。


ジェイソン親子をはじめ、今までに出会った「無責任な親」をネタに他のコーチ達といつも以上に盛り上がってる彼女と目が合ったけど、私はそのままいつもより早めにグラウンドを後にしました。  

ジェイソン親子にどんな事情があるのかは分からないけど。 
もしかしたら、彼女が言うとおり無責任なだけかもしれないけど。
みんながみんな彼女みたいに強くないし、いろんな事情でいつも子どもを一番にできない家庭だってあるんだよ。

今日の夜はBBQパーティがあります。  Tボールのコーチや、父兄も何人かくるみたい。
きっと彼女は昨日のことはとっくに忘れて機嫌よく私に話しかけて来るんだと思います。
そして、きっと私も笑って話をすると思う。  

夏が終わったら彼女とは物理的にはずいぶん遠くに離れてしまいます。
新しい土地でも彼女にたくさんのいい出会いがあればいいんだけどな。


ああ、それにしても暑い一日でした! 
天気予報によると来週もこの暑さはほぼ毎日続くらしいです。  
暑いとイライラして、心に余裕がなくなったり「嫌い」という感情もいつもより強く感じたりするんだよね(^^;
夏はまだまだ始まったばかりです。 ダラけてないでがんばらなくっちゃ。



  
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by 4x4T | 2006-06-11 21:40 | 独り言

宝物

とんでもない悪さをすると、よく父親に叩かれて客間にしてある小さな洋室に閉じ込められました。 
相当悪いことを言ったかしたからなんでしょうが、自分よりも強い力で押さえつけられると怒りで何がなんだかわからなくなるような子供でした。
あんまり暴れて手がつけられないので、ちゃんと落ち着くまで反省してろ!とその部屋に連れて行かれても、懲りずに床に転がって叫びながら足でドンドン壁を蹴ったりしていたのは多分幼稚園~小学校2年生の頃だったと思います。

私の曾祖母の部屋はそのすぐ隣の部屋でした。
私が物心ついた時はすでに慢性の気管支炎を患っていてあまり出歩くことのなかったヒトでしたが、大きな窓があってすぐ外の庭が見えるその部屋には本や趣味のものが所狭しと置かれていて、曾祖母なりの小さな世界がそこにはありました。
静かに自分のことをするのが好きな曾祖母だったので、ひ孫の私や弟達がその部屋に頻繁に出入りをするようなことはありませんでしたが、夕飯の用意ができるとその部屋に行ってベッドから起き上がるのを手伝って、ゆっくりの歩調に合わせて手を引いて曾祖母を居間まで連れてくるのは私や弟の役目でした。

壁を蹴るのに疲れて私が静かになると、たいてい咳き込みながら私を呼ぶ曾祖母の小さな声が隣の部屋から聞こえました。 父に叱られて大暴れをした私が反省をして部屋を出てくるにはまだまだ早い時間でも、曾祖母に文句をいう人はいません。 
私も泣くのをやめて静かに部屋に入ると、ベッドの上に起き上がって刺繍や編み物をしている曾祖母に言われるままにタンスの一番下のいつもの引き出しを開けました。

その中にあるのはたくさんの小さな小箱です。 
悪さをして父から大目玉をもらう時はほとんどいつもこのパターンで、私がその引き出しの中を見るのも1度や2度ではないのですが、それでもスーっと引き出しを開けていくつもの箱が見えるとなぜか興奮してドキドキしたものでした。 
姿かたちも様々なその箱のどれでも、私が気になるものを手にとって曾祖母に運ぶと、曾祖母はその蓋を開けて中をみせてくれるのです。
赤い布の貼られた箱に入った大きな桜貝はその中でも私の一番のお気に入りでした。

結婚相手を探していた男性の方に私の知っているステキな女性を紹介してあげたのよ。 ふたりは結婚してとても幸せになって、ふたりで旅行をした海からこの桜貝を私に持ってきてくださったの。 

確かこんな話だったと思うのですが、つるんとピンクに光る桜貝を手で触った感触はいつも想像しましたが、その貝殻は私の前で箱から出されたことは一度もなく、大事そうに箱を開ける曾祖母の様子から、私が触ってもいいかと聞くこともありませんでした。 

その他にも、亀の甲羅でできているという櫛(鼈甲ですね)、いい香りの匂い袋、ずっと昔、私は会ったことのない曾祖父が山で見つけたという魚と葉っぱの化石、曾祖母が結婚したときに母親からもらったかんざし、昔四国で一番高い山に登ったときに採ってきた植物で作った押し花、ドミニカの親戚の手紙に貼ってあった外国の切手、曾祖母の祖母(?)の形見の銀細工がされた手鏡、、、(←その頃の私のお気に入り順)  

昔は海の底だったという山の話、私のいない時代の、今はほぼ寝たきりの曾祖母の登山の話、、、「宝物」は実際にはそれほど高価なものではないかもしれませんが、私のうろ覚えな記憶にある以外にもたくさんの「宝物」と、その宝物にまつわる曾祖母の話がありました。 

しばらくすると私が長居をして曾祖母が疲れるのを心配する母か祖母がやってきて、私と曾祖母の小さな「宝物鑑賞会」は終わるのですが、その頃には私は何にそんなに腹を立てていたのかも思い出せないくらいに落ち着いていました。


幼い頃の私と違って扱いやすくて親孝行(?)だった娘と、最近衝突することが多くなりつつあります。 
私が娘を無理やり部屋に閉じ込めるようなことはないですが、口論の最中にクルッと私に背を向けて、階段を派手に踏みつけながら2階に上がってバンッと荒々しく自室のドアを閉める、、、なんていうのは日常茶飯事になりました。 
追いかけていって怒鳴ってやろうかとこちらもイライラしていた時、ずっと思い出したことのなかった曾祖母の宝物と、静かで消え入りそうだった小さな声が頭に蘇りました。


曾祖母が亡くなってから、もう20年以上が経ちます。  
あの宝物はまだ残っているのかな?
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by 4x4T | 2006-05-29 04:29 | 独り言

忘れない

残念ならがクラスでひとり、明日みんなと卒業できない生徒がいる。
卒業式は明日なので、彼の学校生活は今日で終わりだ。
来年もまた5年生なのだが、1年ごとに弟と一緒に親戚の家を点々と廻る生活をしている彼が来年この学校に戻って来ることはない。

気性も激しくなかなかの乱暴者の彼に、私は忍耐力を試されながら自分が目指している職業の意味を改めて考えることが幾度もあった。

目をしっかり見て話すこと、肩に手をかけるタイミング、声のトーン、、、 ベテランの先生方から学んだことはそれ以外にもまだまだたくさんあるが、それは相手のご機嫌伺いをするということではなく、普段の生活の中でもとても大切な人とのコミュニケーションの取り方のひとつひとつだと思っている。  

引越し先に持っていく荷物も一緒に登校してきた彼と彼の弟と、その衣類の入った大きな袋をひとつ抱えて、放課後来ることになっていた引越し先の人の車を一緒に待っていた。
例年より少し早い強い真夏の日差しの下で、彼と、彼によく似た弟の顔はやっぱりいつもの無表情で、心の底でグルグルと渦巻いているはずの不安や葛藤は私にはまるで読み取ることはできなかった。  
予定よりずい分遅れて黒い車が入ってきた時、お別れを言おうと、また邪険に振り払われるのを覚悟で私より頭ひとつぶん背の高い彼の肩に手をかけてみた。  
すると意外にも彼は背をかがめてきて、控えめだけど軽いハグをすることができた。
彼との毎日の中で、彼が私の予想外の態度で少し心を開いたように感じたことがいままでにも何度かあったが、どうしても構えた態度が抜けきれずその度その小さなキッカケになるかもしれない可能性を逃していたのはいつも私の方だった。
最後の最後までぎこちない自分に苛立ち、心の中で舌打ちしながらなんとか微笑んでみた。


今度の居候先の人らしいその親戚の方は運転席でずっと携帯で話し続けてこちらに注意を払うことはなかったが、

"It was nice to see you. Be true to yourself. Gonna miss you next year."
(会えてよかったよ。 これからも自分らしさを忘れずにがんばってね。 来年会えなくなると思うとさびしくなるわ。)

どこまでが本当でどこまでがタテマエなのか分からないような言葉を投げかけた私に彼は振り返えり、目は逸らしたまま一度アゴを上げてからだまって車に乗り込んだ。 

(ごめん。 キミのことがちょっと怖くて、私にはよくわからなかった)

続いてTシャツの襟ぐりを噛みながら弟が乗り込んだら、ドアは私の手で呆気なく閉まり、ズンズンとお腹に響くベースの音をさせながら彼は行ってしまった。 


いつまでも忘れないでおこうと思っていても忘れてしまうことはたくさんある。

いつか私が正規の教師として教壇に立つ日が来ても来なくても、この5ヶ月間にあったこと、たった5ヶ月間だけどその間私が学べたことを、


それだけは忘れまい。


そんな思いで乾いた砂埃の中に小さくなる車を見送った。
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by 4x4T | 2006-05-24 05:10 | 独り言

緑のヘビ

少し前になりますが、裏庭で草取りをしているとしゃがんでいた私のすぐ横に細長いものがにょろっと出ていました。 
目で辿っていった先には小さな頭がありました。 細長いそのヘビは芝生の色と同じくらいの緑色で、捕まえて子供達に見せようか、捕まるかな?と一瞬躊躇していたら、あっという間に茂ったアジサイの葉っぱの奥へと消えていきました。
なーんだ、行っちゃったかとそのまま草取りを続けているうちに、昔同じような緑色のヘビを見たときのことを思い出しました。

まだ小さかった弟と手を繋いで石ころでいっぱいのあぜ道を歩いていたとき、すぐ脇を流れていた用水路の中を泳いでいるヘビを見つけたのです。
蛍光色に見えるような鮮やかな緑色をしたそのヘビはうねうねと左右にカラダをうねらせながら透き通った水の上をすべるようにどんどん先に進んで、私と弟は追いつこうと歓声をあげながら走りました。  
途中にあったトンネルの中にヘビが入ってしまったので弟としゃがみ込んで覗いていると、後からついて歩いてきた母も私のすぐ横にしゃがみました。  

「ヘビ、出てくるかな?」

と、振り返った私が見たのは、思いがけず泣いている母の顔でした。 
びっくりして立ち上がった私を母は抱きしめて、母の肩越しに見たキラキラ日の光に反射する用水路の水と、母の鼻をすする音、そして抱きしめられた息苦しさを今も覚えています。 
母の肩から顔を離して「どうしたの? なんで泣いてるの?」と聞いた私に母は笑って泣いてないよと答えました。 なかなか離してもらえないその腕をすりぬけて、私はトンネルの反対側にヘビを追って行ってしまった弟の後を追いかけました。

あのあぜ道はどこだったっけ? 父や祖父母は一緒にいたっけ? 

その記憶には始まりも終わりもなく水の上を泳ぐヘビのその緑色だけが鮮明で、ずいぶん長い間私の脳裏に焼きついていました。




母から電話があった時ふと思い出して、その話をしてみました。 
泣いていたことじゃなくって、あの時見たヘビのことを。
ヘビに遭遇したことなどそう何度もなかったので、母もその日のことを私よりもよく覚えていました。

ああ、そうだったわね。 よくそんな小さなときのことを覚えてるわねぇ…
あれは耳鼻科に行った日の帰り道よ。 

そして、母の話は続きます。

診察で○久(←弟)がまた泣いちゃってねぇ。。。 そしたらお母さんとあんなに約束してたのに、アナタがまた怒り出したの。 怖い受付の事務員さんに抱えられて連れて行かれたと思ったら、腕に噛み付いてまた診察室に飛び込んできたのよ。 私が必死で力ずくで押さえ込んでやっと治療が終わったんだけど、その事務員さんにこんなしつけのなってない子は初めて見たって言われてねぇ。 次の予約をしようと思ったら、今度はこの子を連れて来ないで下さいねって、アナタの目の前で言ったのよ、そのヒト。 
帰り道で涙が出てきちゃったのよねぇ。。。 アナタはそんな人の気も知らずにヘビヘビって、○久とヘビを追いかけてたわ。
母の中には私に泣き顔を見られた記憶は存在しないようでした。 
 
 

幼い頃の私はとても気性が激しくて難しい子供でした。 
弟二人合わせてもまだ足りないくらい苦労したとよく言われました(^^;
耳鼻科で起こしたような騒動も1度や2度ではありません。  
幼稚園で友達を泣かしたり怪我をさせてしまったりすることも多かったので、 祖父の日課だった降園時のお迎えにたまに母が来ると「ななちゃんにこんなことされた。」と言いあげる子供の列ができたりしたことは私も覚えています。
園庭で「あなたの子供を退園させないのならうちの子を辞めさせます!」と言われたことまであったそうですが、私にはそのことで母に怒られた記憶があまりありません。 
半分笑い話のように聞かされていた遠い昔の話でしたが、特に自分に子供ができてからの私はそっちの方が気になりました。 
どうして暴力はいけないと思い切り叱り飛ばさなかったのか、そんな乱暴な私の行く末は心配じゃなかったのかやんわり訊いたことが何度かあります。 

「だってあなたはいい子だったから。 本当は優しい子だって私はちゃんと知ってたからね。」

いつまでたっても、何度訊いても、母がすかさず返す言葉はいつもあまり変わりありませんでした。 

どんな場合でも暴力をふるうことは悪いことなのに…。 私が母だったら、当時の私が自分の子供達だったら、きっとどんな理由があったってきつく叱って暴力はいけないことだと言い続けるだろうし、今までだってそうしてきました。 母が言っていることはただ無責任に子供を溺愛する無責任な親の戯言ではないのかと、私の信念とは正反対とも取れる当時の母の心境は私にとっては想像しきれるものではなくて、戸惑いを感じたものでした。 




偶然出会った、裏庭に住むヘビが持ってきた幼い頃の思い出の中に、ちょっとだけ、初めて当時の母を心で感じることができた気がしました。 
初めて意味を成した、あの涙と幼い私を抱きしめた腕の力。



幼稚園では手がつけられないほどの暴れ者で、小学校でちょっと大人しくなっていたかと思ったら、今度は中学で反抗期。 成績が悪かったり校則違反ばっかりしていたわけではありませんでしたが、いろいろと難しい子供でした。 
そして、やっと母娘で分かり合える年齢にさしかかろうとした時には私は海の向こうにいたのです。


たくさん迷惑をかけました。 大変お世話になりました。 ありがとう。
言葉で言うのは簡単ですが。

あのヒトに私ができる親孝行ってなんだろう…
毎年そんなことを思っているうちに過ぎてしまう母の日が、また今年ももうすぐです。
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by 4x4T | 2006-05-11 08:21 | 独り言

ブロンド美人



「マックのトイレで号泣したんだよね~」


と笑って彼女は話したけれど、当時はきっと不安で押しつぶされそうになってたんだろうなと思いながら、並んで立ったつま先に跳ね返る雨を見つめながら聞いていました。  
彼女は去年の暮れに遠くに引っ越してしまった私の友人です。  
去年まではよく気の置けない友達何人かと映画鑑賞会だ、景気づけのパーティだ、とどうでもよい理由をつけては集まっておしゃべり大会を繰り広げていたのですが、そんな仲間のうち3人まで引っ越してしまった今、キッチンで洗い物をしながらたまに思い出すささやかな記憶のひとつになってしまいました。 

彼女の送別会として我が家に集まった日、喫煙者の彼女にくっついて雨の降る寒い夜の軒下に並んで立ったときのことです。 ちょっとした考え事があったり、どうしようかな~なんて私にしては珍しく決断に迷う時、彼女のことを思い出したりするのは、きっとこんな話を彼女がしてくれたからなのかもしれません。 

休日はすっぴんでポニーテイルにTシャツの彼女なのですが、一緒にご飯に行くときや仕事前になると、だまっていると女の私でさえ圧倒されてしまいそうなブロンド美人なのです。 
そして私以上の(w)マシンガントークで面白おかしい話をしてはあーーーはっはっはと豪快に笑う気さくな彼女は私の大切な友達のひとりです。  
長男と彼女の息子が同じキンダーのクラスだったのですが、私よりもずい分年下の彼女だったのでてっきりその息子が一番年上の子供だと思っていました。  初めて彼女の家に遊びに行ったとき、玄関に出てきた子が彼女の妹ではなくて娘だと知って私は遠慮なく驚きの声を上げたものでした(笑)  
彼女は自分と同じくらいの背丈の娘の肩を抱いて、「姉妹みたいでしょ~♪」とまんざらでもなかったのですが、その長女を産んだとき彼女は16歳だったのです。


「それでね、彼はトイレの出口のまん前のテーブルでポテト食べながら待ってたんだけど、私の泣き顔をみて一緒に泣き出しちゃったのよ。 思いっきり男泣きよ~ ポテト食べながら。 あーーーっはっはっは^▽^」


彼女が14歳の時初めてできたボーイフレンドは当時15歳。 
『結婚までは清い身体でね』と、彼女曰く「ちょっと時代遅れ」な母親の忠告を守っていた2人でしたが、2人の中では「私の16歳の誕生日に♥」というのが約束だったそうです(笑) 

「16歳の誕生日までの1年半の間、それまでずっと恋人同士でいられたら…って思ってたのか、、それとももしかしたら運転免許が取れる年齢になったら自動的に大人になると思ってたのかもね(笑)」

16歳の誕生日を迎え「約束」も無事に果たした2ヵ月後、2人は地元の町から車で2時間も先の町のマックにいました。 
彼のバイト代で買った妊娠検査薬は4つ。 
小さい町で知り合いに会うと困るので、これも郊外の3つの別々のドラッグストアを廻って買ったそうです。  

そして結果は、

「4本ともぜーんぶ陽性反応がでてたわ。 どこからどうみても間違いないくらい。 
それをマックのテーブルの下で何度も確認しながら2人でずっと泣いてたの。 」


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by 4x4T | 2006-03-30 00:18 | 独り言

カッコいいやつ

クラスにちょっとカッコつけてる子がいます。

一番後ろの席で仲間と好き勝手なことをしているので何度か注意したこともあるのですが、彼が一番大切にしているのは自分のイメージ。 

それは、「カッコいい男」らしい(笑)

授業中静かにしていなくてはいけない時に友達と無駄話するのは彼の中ではカッコいいことでも、先生に怒られて無理やり一番前の席に移されることは果てしなくカッコ悪いことらしくて、彼の美的感覚に反することのようです。 
そんなワケで私と彼との権力争いは、それでも何とか私がクラスに来て2日目くらいで決着がつきました。 
彼の弱点(カッコ悪いこと嫌い)にいち早く気づいた私に軍配が揚がり、今ではちょっと脱線しそうになっている彼をジッと見つめるとすぐに察して態度を改めてくれるようになりました。 落第を一回食らってる彼は11歳でクラスでも飛びぬけて背が高く、バスケが上手くて女の子に優しいとかで結構な人気者です。 それは彼も十分承知で、廊下を歩く姿にもちょっとリズムがついて、すれ違う顔見知りと握手したりハイファイブしたり忙しそうです。

毎朝出席簿をつけるのですが、彼の名前には2回も書きなおされた後があります。 
私が初めて出席をつけている時に彼の名前が見つけられなくてモタモタしていると、私の頭の後ろからぬぼ~っと大きな手が出てきて、何度もホワイトアウトで書き直されて見えなくなっている欄を指差して教えてくれました。 

「コレ。 苗字が変わったからな~ 何度も消されてんだよ。」

私のことを生徒はMs. ななと呼ぶのですが、彼だけはMs. Tと、私の(本名)名前の頭文字で呼びます。  彼なりのこだわりでしょうか、ラッパーみたい?(^m^  
毎朝「Yo, Wattap(What's upの変形? ワラ~ップって感じ)、 Ms. T!」と挨拶する彼に、私も「Hey what's going on, Big B!(彼の頭文字)」と返したりして、変なハンドシェイクも教えてもらいました。 おもしろい彼です。^m^

その彼が、この前朝の自習の時間に机まできて話しかけました。

「Ms. T, オレまた苗字が変わるかもしれないよ。」

母親が今年(学年期)2度目の離婚に踏み切るかもという話だったのですが、別に悩む様子もなく、彼にとっては世間話の感覚のようでした。  

「まいっちゃったよ。 お母さん、これで4度目だもん。 また落ち込んでるしさ~だからもう結婚は止めとけって言ったのにさ。 別に結婚しなくても一緒に暮らしゃそれでいいことじゃん? 彼女(彼の母)もまだ踏ん切りつかないみたいでね、もしかしたら踏みとどまることもあるかも知れないけど、ロクな男じゃなくってさ~これが。 オレの勘ではそろそろ潮時だと思うんだよな~」

って、キミ、本当に11歳?と疑ってしまうような朝の会話でした。 
どこまで分かっているのやら、、、お兄さんもいるらしいから、その影響かしら?

私も「そっかー大変ね。 でもさ、お母さん離婚だなんて大変じゃない? ちゃんと支えになってあげてね。 心配かけちゃダメだよ。」とかなんとか言いながら、本当はこういう時には彼の支えになれる誰かがいて欲しいんだけど、、、と少し複雑な気持ちでした。 

そして、今日になって下校の支度でワイワイしているときに、「Hey, Ms. T!」と寄ってきて、
やっぱさ~離婚だってよ。 上手くいったら来月からはまた苗字変わるわ。 またクソ長い苗字にもどるのがウザいんだよな~と彼は笑って、ちょうど下校のベルが鳴ったところで「んじゃまた!」と片手を挙げて、ウィンクひとつして行ってしまいました。 

今の時代、プロのバスケ選手になるためには大学にも行っとかなくてはいけないそうだという話をカウンセラーにされてからは、勉強をすこ~しだけがんばるようになった彼。 カッコいい自分を保つために、もしかしたら結構無理もしているかもしれません。  時には弱いミジメな自分をさらけ出せるような相手はいるのかしら…

それでもなかなか人を惹きつける魅力もあって、いろんな意味で『カッコいい』彼には、今年は是非何とか卒業してもらって、今度はカッコいい中学生を目指して欲しいです。 

そしていつか一人前に本当の大人になって、その時こそカッコよく社会に羽ばたいて欲しいな。

子供達の卒業まであと2ヵ月半、いろいろ焦る気分になるときもあって全然カッコよくない私ですが(^^;、弱音を吐きそうなときはちょっと彼を見習って、カッコつけてもうひとがんばりしようと思います。

がんばってるみなさ~ん! 何から手をつけていいのかわからないような時は、とりあえず「カッコいいこと」からがんばってみるっていうのはどうでしょう??
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by 4x4T | 2006-02-24 07:39 | 独り言



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