双子物語5 ~Reflection on the window~
「双子物語1」の前書きを書き加えました。 そちらをまず最初にお読みください。<(_ _)>
→ 「双子物語1」 前書き 夫の態度は相変わらずで、私の態度もどんどんかたくなになり、双子のことだけではなく日常的な会話もなくなっていました。 その頃には長時間横になるのも困難になっていた私は、リビングから子供部屋に移した揺りイスに座ったままで眠るようになり、毎日がただノロノロと過ぎていきました。 ある日の土曜日です。 その週の始めに、土曜日に近所を消防署のパレードが通るというチラシが来ていて、子供達はそれを楽しみにしていました。 金曜日に夫が帰宅した後、靴を脱ぐのにかがんだ夫の背中に2人でまとわりつきながら翌日の一大イベントの報告を、かわるがわる興奮気味にしていました。 「マクグラッフィー(火災安全のマスコットの犬)がキャンディくれるんだって!」 「綿菓子があるんだって!」 「絶対行こうね!!」 最近はビデオ漬けで家に篭りきりのことが多かった2人は、土曜日は朝から玄関を出たり入ったりしてパレードを観に行く時間を待ちかねていました。 いつものように奥の部屋で揺りイスに座っていた私も耳を澄ませば、リビングでの会話が聞こえてきます。 「今日は暑そうだから…」 「ママの具合が悪いし…」 やー!行く行く行くの~! と騒いでいる子供達の声にまぎれて、夫の声が途切れ途切れに聞こえてきました。 自分が行きたくないのを私のせいにされるなんて、冗談じゃない。 ただでさえ、まるでかまってあげられない母親に戸惑いを覚えてか、最近は父親が家にいるときは彼にベッタリの2人です。 「ママは平気よ。 ママと行こう!」 突然部屋から出てきた母親を驚いて見上げる子供達の手を取り、夫の目の前を素通りして、庭の折りたたみのパイプイスを脇に抱えて家を出ました。 沈んだ私の気持ちとはうらはらにキャッキャとはしゃぎながら前を行く2人を見ながら少しは気が晴れたものの、通院以外は自宅安静を言い渡されていたことを思い出すと不安が湧き上がり、それは自分の期待通りに動かない夫に対する憤りに色を変えて、どす黒く私の心を染めていました。 パレードが通る道の木陰にやっとたどり着いてイスに座りました。 子供達は嬉しそう。 上がった息が落ち着くと、久しぶりに母親らしいことができたな、なんて自己満足でも少し身体が軽くなったような気がしました。 見物客もそろそろ出揃ってきた頃、歩道の土をいじって遊んでいた娘がふと顔を上げました。 「パパー!」 息子の顔もパッと輝いて、人ごみを掻き分けて私の斜め前にイスを置いて座った夫に抱きつきました。 後ろに座っている私には夫の黒くて長いまつ毛しか見えません。 せっかくがんばって歩いてきたのに、寸でのところでまた、夫にいい役を奪われてしまった、そんな気持ちでそのまつげを睨んでいると、急に肩をつつかれました。 「すごーい! いつの間にそんなに大きくなったの? すごいわね。 今何ヶ月?」 けたたましい声で人のお腹を見てすごいすごいと連発するのは近所の奥さんでした。 「7ヶ月…」とだけ無愛想に答える私に、 「えええ!そんな訳ないでしょ! 本当なの!? ちゃんとお医者さんに診てもらったの?」 当たり前のことを大げさにまくし立てる彼女に頭にきて、その時にはこちらを振り向いていた夫の顔を見据えたまま、だんまりを決め込んでいました。 気まずい沈黙があって、私に答える気がないのを確信した夫はこちらを一瞬睨んで、私の代わりにその奥さんに穏やかに答えました。 「それがねぇ、双子なんですよ。 いや~参っちゃって」 その後も続くありきたりで無神経な相手の言葉に嫌な顔もせず、話題の当人の私の頭の上でしばらく会話が続きました。 久しぶりに近くで聞く夫の明るい声。 私には、双子にはどうでもいいのに、おしゃべりな近所のおばさんの噂話の種はちゃんと律義に提供するんだ、最悪だね。 苦い思いで胸がいっぱいになりました。 奥さんが行ってしまって、夫はまた私に背を向けてイスに座りなおしました。 後から後から湧き上がってきては、つい口から出そうになる嫌味な言葉や恨みつらみをかろうじて押し殺していると、遠くの方からマーチングバンドの合奏が聞こえてきました。 音のほうに身を乗り出す子供に混じって、私も何とか身を起こし、顔を夫の耳元へ近づけました。 子供に、周りにいる人に聞こえないように。 たった今まで気づかなかったけど、ここ最近ずっと私の中にあったかもしれない思いを夫に伝えるために。 斜め後ろから、夫のまつ毛だけを見つめながら。 「私、もう出て行くから。」 賑やかなバンドの演奏や子供たちの歓声が聞こえる「沈黙」の中で、 夫のまつ毛は、一瞬上に上がり、 そしてゆっくり下まで下がりました。 一呼吸…。 二呼吸…。 夫が私を振り返ることはありませんでした。 もうお終いだ。 こんな気持ちで毎日暮らすことはできないから。 もう、お終い…。 「帰るわよ!」 突然立ち上がった私を見上げた娘の顔はたちまちふくれっつらに変わり、キッと私を睨んだまま夫のヒザに駆け寄りました。 パレードはもうすぐそこまでに来ています。 私は隣で綿菓子をもらって満足している息子の手を取って、夫の背中に背を向け、その場を離れました。 走って帰りたい。 ベッドにうつっぷして泣きたい。 途中戸惑いの表情であいさつする顔見知りにも目を向けず、息子を半ば引きずりながら歩きました。 何も言わない夫にも、私についてこなかった娘にも、楽しそうなバンドの音にも、笑顔の見物客にも、自由にならなくなった自分の身体にも、お腹にいる双子にでさえ裏切られたような気持ちで、綿菓子でベタつく息子の手を握り締め、ただひたすら歩きました。 バンドの行進が終わり、娘が念願のマクグラッフィーの着ぐるみからキャンディーをもらってはしゃいでいた頃、私はまた、いつものように子供部屋で、揺りイスに座っていました。 家に辿りつき、綿菓子でベタベタの息子のほっぺを拭いて、日本から送られてきたアンパンマンのビデオをつけた頃には、今の私には長時間運転することも、飛行機に乗ることも、ベッドにうつ伏せて泣くことさえもムリなんだということを思い出していました。 足のところに仕掛けがあって、前後にゆっくり滑らかに動く揺りイス。 娘を妊娠中にどうしても欲しくて夫と家具屋さんに何度も足を運んだけど、高くて手が出なかった。 3年後に息子を妊娠した時に、夫が「青色なんだけど…」と自信なさそうに持って帰ってきてくれた揺りイスは、 会社の上司がいらなくなったのを譲り受けたものでした。 住んでいた家は違うけど、娘のときはミントグリーン、息子のときは薄いレモン色。 妊娠を確認してすぐの、赤ちゃんの性別も定かではないうちから待ちきれなくて、夫が最初にしたことは子供部屋にする寝室の壁のペンキを塗りだった。 ヒマさえあれば、セールのチラシを持ってベビー用品の買い物に行くのが2人の楽しみで、遊びに来た友達に、気が早過ぎるんじゃない?なんて、からかわれたりしたけれど。 ベビー家具の配置を変えたり、ぬいぐるみを置く飾り棚を作ったり、いつか会える赤ちゃんを2人で夢見ながら、出産の日を指折り数えて待ちました。 「今度は性別が分かるまで待ってね。 女の子だったら絶対ピンクにしたいんだから」 「んー (辛抱するのを)がんばるよ^^; いつ頃わかるんだっけ?」 3度目の妊娠がわかってから初めて出張に出る朝、夫とかわした会話。 「無理しないでね」「うん、あなたもね」そう言ってしばしの別れを告げました。 私が双子の為にひとりで用意した部屋は、くすんだ白い壁のままで、上の子供のときに使った衣類や小物がダンボールの箱に入ったまま、組み立てられてもいないベビーベッドと一緒に、無造作に部屋の隅に置かれていました。 カーテンもない窓際で揺りイスに座ると、そんな過ぎてしまった日々の思い出が、つぶったまぶたの下で生まれた瞬間に溶けてゆく明け方に見る夢のように、窓ガラスに映っては消えていきました。 続き
by 4x4T
| 2005-08-20 06:02
| 双子物語
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